2011年04月09日

佐藤優は所詮はエリート官僚


チェコスロバキアの「プラハの春」でソ連軍がチェコスロバキアに侵攻したのは、市民運動がチェコ共産党政府では抑えきれないほどに広がったからだ。もし、ソ連軍がチェコに侵攻しなければチェコは1968年あたりに民主主義国家になっていただろう。

ソ連が侵攻して市民運動を弾圧したのはチェコだけではない。1956年にはポーランドのブタペストにもソ連軍は侵攻して20万人規模まで拡大した市民運動を弾圧している。ソ連は国内外で民主化を求める市民運動を弾圧してきた。

チェコの政権を握っていたのは共産党であり、共産党の独裁政治に反発した市民運動が「プラハの春」であった。佐藤氏が書いてあるようにチェコスロバキアの民主化運動はソ連の戦車によって叩き潰された。

東京・メキシコオリンビックの体操競技で金メダルを取ったチャスラフスカは、「プラハの春」で市民側からの改革への表明であった「二千語宣言」にメキシコオリンピックに参加する前に署名していた。ソ連軍の弾圧で市民運動が頓挫した後、共産党政府はチャスラフスカに署名の撤回を求めた。しかし、チャスラフスカは拒否し続けた。
そのために彼女は公的な場から追放されて、政府から弾圧された。1989年11月、ビロード革命によって共産党体制が崩壊するまで、チャスラフスカは非常に困難な状況に置かれ続けた。
チャスラフスカのように弾圧されながらも多くのチェコの市民たちは粘り強い市民運動を続けたから、1989年に社会主義体制は崩壊し民主主義国家を樹立することができたのだ。

佐藤氏の語るチェコスロバキアは裏で市民を弾圧していたチェコ共産党の表の姿であり、ソ連に対して「ドルジュバ」とか「ドノフ」というスローガンを抱えたのは、「現実的に考えて小国チェコスロバキアは、ソ連と対立したら生き残ることができないと考えた」からではない。チェコスロバキア共産党とソ連共産党は同じ思想であり、チェコスロバキア共産党はソ連のバックアップなしではチェコスロバキアを独裁支配することができなかったから「ドルジュバ」とか「ドノフ」というスローガンが必要だったのだ。弾圧されている市民には「ドルジュバ」とか「ドノフ」というスローガンは必要なかった。

「社会主義共同体の利益を防衛する」の「利益」というのは共産党がチェコスロバキアの政治・経済を支配し、市民を思うままに扱って、政治家や官僚が冨をむさぼることである。そんな「利益」は市民が搾取されることによって生じる「利益」であり、市民とってあってはならない「利益」である。佐藤氏はチェコの国民が生き残る方便として「ドルジュバ」とか「ドノフ」というスローガンが必要たったと述べているが、それはとんでもないことだ。
チャスラフスカのように共産党政府の弾圧に、精神病になる寸前まで陥りながらも不屈の闘いをしてきたチェコ市民に失礼である。

佐藤氏は所詮はエリート官僚の精神にずふずぶである。共産党一党独裁の社会主義国家と市民革命による民主主義国家の根本的な違いには無関心であり、上から目線で世の中を見ている。
ウチナー評論も上から目線で適当に沖縄の事情を分析し、沖縄の新聞の傾向にあわせたコラムを書いている。

チェコスロバキア問題からチェコの小話の話題に移り、最後に「静かにしていた方が日米同盟は強化される」の文章まで、流れるように書いてあるのはさすがだ。佐藤氏の知識の豊富と文章力には感心する。

佐藤氏は「トモダチ作戦」を誇張しないで静かにしていた方が日米同盟は強化されると書いているが、誇張しない方いいと沖縄の新聞も強調していたし、うまく沖縄の新聞に歩調を合わせている。しかし、日米同盟が強化されるのは沖縄の新聞は望んでいない。これは蛇足だ。

  

2011年04月08日

理解困難な板垣東大名誉教授の理論


板垣氏の理論は、私には理解しにくい理論だ。
若い頃、基調報告をすることになっている川満信一氏の公園を聞いたときがあるし、詩も読んだこともあるが、私には理解しにくかった。理解できないというわけではない。ただ、私は単純な人間で、リンカーンの有名な演説「人民の、人民による、人民のための政治」が理想の政治と思っているし、民主主義社会がいいと思っている。「黒人も白人も黄色人種も赤い血が流れている」とか「日本人である前にひとりの人間である」という単純な考えが私の思想の基本である。私の思想は高校時代の授業で習った民主主義を基本にしている。

板垣氏の理論は複雑で難しい。
板垣氏は、チュニジア、エジプトの革命からはじまった体制変革は欧米が中心を占めてきた「近代世界」をつくり変える21世紀の普遍的な<新しい市民革命>の先駆であると述べている。私にはこの説明が分かりにくい。独裁国家であったチュニジアやエジプトで自由・平等を求めて市民の決起があり、その勢いはあっという間に広がって、独裁者が武力で弾圧することをあきらめて、独裁国家を打倒したと単純に理解すればいいのではないか。エジプトで見られたように宗教中心の革命でなく市民革命だったことも大きな力になった。「欧米が中心を占めてきた「近代世界」をつくり変える21世紀の普遍的な<新しい市民革命>の先駆である」と難しいことを言わないでもいいのではないかと私は思う。

中東の革命を単純に自由・平等・人権を求めた市民革命であるとすれば、このような革命はヨーロッパでも起こっている。中東だけの特別な市民革命であるとはいえない。
ソ連崩壊も市民革命だった。東ドイツ、ポーランドなど社会主義国家から民主主義国家に変革した国々は市民革命であったし、それはチュニジアやエジプトと同じ市民革命だった。

エジプトの市民革命が非暴力・不服従の闘いであったのは結果論であって、もし、大統領が武力制圧をしようとした場合はリビアのように内戦になる恐れもあった。内戦にならなかったのはエジプト軍が中立の立場を取り、アメリカ等のヨーロッパの国々が大統領に圧力をかけたからだ。

板垣氏は「市民が決起する非暴力・不服従の政治革命はこれから世界中で広まっていくだろう」と断言しているが、ソ連が崩壊した後は社会主義国家は次々と民主主義国家に変わった。アジアで独裁国家は中国と北朝鮮だけであり、独裁国家はかなり減少している。すでに民主主義国家になった国では市民革命は起こらない。どうして、「これから世界中で広まっていくだろう」と断言するのか理解できない。次はどこで市民革命が起こるかを具体的に示すべきだ。

「中東は市民社会の元祖だ」は私には意味不明だ。もし、中東が市民社会の元祖であればとっくの昔に中東は民主主義国家になっていたはすだ。
民主主義国家は信教は自由であるし政教分離が基本である。しかし、中東は宗教色が強く、宗教が政治に強く影響を与える。宗教が政治力を持っている中東が市民社会の元祖というのはわけがわからない。イスラム教はスンニ派とシーア派に分かれていて、政治の世界では差別しあう。それなのに「自由・平等・友愛」がイスラムにあるとは信じられない。

イスラエル・パレスチナ問題は非常に難しい問題で、選挙ではハマスが過半数を取ったのにアメリカはハマス政権を認めなかったという差別扱いもあり、アメリカも対応の仕方にも問題がある。しかし、「中東革命が同時発生した真の根源は、パレスチナ問題だ」と言い切る板垣氏の考えは私には理解できない。
中東で起こった革命は市民革命であり、長い間支配し続けた独裁者を打倒して民主主義国家を樹立するのが目的であった。イスラエル・パレスチナ問題とは関係ないと思う。

板垣氏はチュニジア、エジプトの革命は市民が決起した革命だと言い、階級・民族などこれまでのモノサシと違う革命主体は市民であることを強調している。ところがリビアでは、反体制派を自称「反体制派指導部」呼ばわりして、反体制派を市民とは認めていない。理由は反体制派を応援するアメリカやNATOがカダフィ大佐側に空爆を行ったからだ。
稲垣氏はカダフィ大佐側への欧米の攻撃に反対している。そして、欧米が応援した途端にリビアの反体制派を市民と認めていない。マスコミ報道・インターネットで調べれば反体制派が市民であるのははっきりしている。板垣氏が反体制派を市民と認めていないのは事実を無視している。リビアの反体制派を市民と認めない稲垣氏の本性は市民革命主義者ではなく、反欧米主義者であることが分かる。

アメリカは大統領も議員も選挙で選ぶ民主主義国家である。そのアメリカが植民地主義であり、人種主義であり、軍国主義であるとする根拠はどこにあるだろうか。アメリカは多民族国家である。あらゆる人種を受け入れているのがアメリカだ。オバマ大統領は黒人である。アメリカは人種主義ではない。
軍国主義というのは戦前の日本やミャンマーのように軍部が政権を握り政治・経済・国民を支配することである。アメリカは軍隊に対しては完全に国民に選ばれた政府がイニシアチブを握っている。アメリカが軍国主義であるというのは間違っている。

イスラエルは色々問題があるが、しかし、議員は公正な選挙で選ばれる民主主義国家である。民主主義国家のイスラエルでパレスチナ人が決起するとはどういうことなのだろう。市民革命を起こそうするなら、イスラエルはすでに市民革命は終わっている。武力蜂起をするのは弾圧されるに違いない。一体板垣氏は、パレスチナ人が決起するのを具体的にはどのようなイメージをしているのだろう。私はイメージできない。

「超近代的な新市民革命の内面化」「自己決定の全面的開花」「新しい世界を獲得的に開く『万国津梁』にも通じる」
東京大学の名誉教授のような頭がいい人間の言葉は私には分からない。

ただはっきりしているのは、板垣氏はリビアを市民革命ではないというように、自分の都合で市民革命であるかでないかを決め付けるような人間であるということと、関係が薄い中東の市民革命とパレスチナ問題を強引に結びつけるような、主観が強く、客観を無視するような人間であるのは確かだ。

  

Posted by ヒジャイ at 11:42Comments(0)TrackBack(0)知識人批判

2011年04月02日

大連立は逆に政治を混乱させる


福島第一原子力発電所の事故について、海外からメディアからの政府と東電への批判が続いている。
「消えた社長」「驚くべき不在」と東電社長の雲隠れを海外メディアは酷評している。しかし、日本のマスコミは東電の社長が姿を現さないことにそれほど注目はしなかった。日本のマスコミは社長は殿様みたいに高所にでんと構えていていて、陣頭指揮を執るのは幹部であるという先入観があるのだろう。東電社長が体調を悪くして数日の間実務から離れていたことが後から判明したときも、日本のマスコミは痛烈に批判しないで、軽く揶揄した程度だった。それはマスコミが東電のような政治と利権が絡んでいる会社では実力よりも政治的な力学で社長になるということを知っているからだろう。マスコミも社長は実力がなくてもやれるのだと思っているのだろう。だから、陣頭指揮を執るのが社長であると認識している外国メディアのような痛烈な批判はしなかったのだ。

海外メディアは菅政権も批判している。しかし、「当初から政府がしっかり対応していれば」とか「(菅直人)首相の存在感が希薄だ」「情報公開に消極的」という批判は菅政権の問題というより、これまでの自民党が築き上げてきた日本政府のあり方の問題だ。

英誌エコノミストは、日本政府と原子力関連産業の関係を「なれあい」と指摘している。さすがイギリスのエコノミストだ。日本の原子力発電の世界は、原発利権に政治家、官僚、商売人などの金の亡者たちが入り混じって、安全よりも金の奪い合いを優先させてきた。だから、実力よりは金の亡者どもにとって都合のいい人間を東電の社長にしたのだ。
東京都は東電の株を数パーセント持っているらしい。配当は年に数億円あるが、その金は特定の部署にだけ回るそうだ。

このような腐敗した東電になったのは自民党の長期政権続いたことが関係している。政権交代ができる二大政党であったなら、ここまで腐敗はしなかったはずだ。

ところが、東日本大災害と福島第一電発事故の対処のために菅首相は大連立を掲げている。他方、民主党の一部の議員と自民党は菅首相の退陣と引き換えに大連立するという動きが出ている。
菅首相の思惑の大連立。菅首相を引き摺り下ろす思惑の大連立。同じ大連立ではあっても、目的が大きくずれるのだから、大連立しようとすればそれぞれのエゴがぶつかり合い、政治がぐちゃぐちゃになる可能性が高い。

今必要なのは誕生したばかりの二大政党を持続することだ。日本の政治をこなすことができる政党は二つあるべきだ。衆院選で圧倒的に勝利した民主党でさえフラフラした政治運営をしている。政権を運営するのは想像以上に難しい。民主党はせめて四年は政権を運営して、国家の裏も表も知り尽くすべきだ。


二人のナイチャーのコラムだ。沖縄の新聞の政治的な趣向に合わせたおべっかコラムとでもいえよう。
ウチナー評論の「沖縄よりも本土に海兵隊を移設した方が適切」という文章は新聞の社説で使った文章だ。
さらっと新聞の社説の文章を取り込んで社説の意見に同調する。うまいね。これがプロのコラミストというものだろうな。

ウチナー評論によると、東京の国会議員、新聞記者、有識者は、辺野古移設が進めやすくなったという意見を述べる人が多くなったらしい。東京のほとんどの国会議員、新聞記者、有識者は辺野古移設に賛成なのだろうか。確か辺野古移設に反対の人間も多かったはずだが。
未曾有の大災害の最中に、国会議員であれば災害援助をどうするかで大変であるし、新聞記者や有識者だって大震災のことに気持ちは集中していて、辺野古移設のことは頭にないと思うが、どうなんだろう。佐藤氏の、だらだらしたロシア云々の話をじっくりと聞いてくれるような暇な国会議員、新聞記者、有識者は本当にいるのだろうか。

「普天間問題は、沖縄の名誉と尊厳を巡る」なんて大仰なことを言われたら、ほとんどの国会議員、新聞記者、有識者は失笑するのでないだろうか。佐藤氏は相手が失笑するのもかまわずに「もっと端的にいうと構造的な沖縄差別を是認・固定化するか、解消するかを巡る象徴的事案なのです」と沖縄の一部の知識人の思想を知らないと理解できないような理論を述べたようだ。

構造的な沖縄差別というのはなんだろう。最近、「差別」という用語を好んで使う識者が増えてきた。沖縄に基地が集中しているのは、中国、ベトナム、北朝鮮との軍事バランスと基地機能の合理性を考えながら日本のアメリカ軍の基地を削減したからであって、「沖縄差別」が原因しているわけではない。元官僚で頭の切れる佐藤氏だから、そんなことは百も承知しているはずだ。それでもすらすらと「もっと端的にいうと構造的な沖縄差別を是認・固定化するか、解消するかを巡る象徴的事案なのです」と言えるのは、沖縄の新聞の思想傾向をすでに分析して熟知しているからだろう。沖縄の微妙な思想を的確に掴んでしまう佐藤氏の頭の切れには敬服する。

でも、「東京はつまらない術策を弄するべきではない」と余りにも見え透いた作り話をするのは感心しない。沖縄からは東京がひとくくりになって見えるが東京に住んでいる人間が東京をひとくくりにするようなことはしない。東京の中の意見はいくつもあり、東京の人は東京を一括りにすることはない。、「東京はつまらない術策を弄するべきではない」の文章は、沖縄人から見た東京のイメージを利用した沖縄人向けの文章だ。

佐藤氏の分かりやすく質の低い説得に、外務省OBは「確かに深刻な問題だ。信用しろと言っても無理だ」と簡単に屈服したという。この外務省OBはよっぽと政治の世界を知らないか、頭の悪い外務省OBなのだろう。


沖縄幻視行の岡留氏も、「普天間飛行場の死活的重要性が証明された」と在沖海兵隊がPR・広報にいそしんでいると沖縄の新聞が一番書いてほしいことをちゃんと書いている。そして、在沖海兵隊がPR・広報にいそしんでいるのは「危険な普天間問題やメア氏暴言の徹底解明から目をそらす政治的プロパガンダであることがミエミエである」と述べている。これには開いた口がふさがらない。

普天間基地の移設問題についてメア氏は辺野古移設がだめなら普天間基地をそのままにすると明言したし、普天間は危険ではないとクリントン長官に報告している。
アメリカ政府は辺野古移設するのを日本政府と締結している。後は日本の内政問題だから日本政府の責任であり、アメリカは静観する姿勢をとっている。メア氏問題は学生たちに話したことであり政治的にはとても軽い問題だ。普天間、メア氏問題と東日本大災害や福島第一原発事故問題とはスケールがあまりにも違いすぎる。質もスケールも桁違いの二つを関連づけることがばかばかしい。

米国が「福島第一原発から80キロ圏外に避難を指示している」ことを、岡留氏二枚舌のご都合主義としているのは意味不明だ。米国には避難する範囲の放射線の基準があり、その米軍は基準どおりに行動しただけであって、それを米国お得意のダブルスタンードというのは意味不明だ。これはジャーナリストお得意の尻軽的なこじつけだろうか。
  

2011年03月29日

沖縄新聞のアメリカ非難を読むとむなしくなる



政経部・前田氏は「活動を評価する余り、騒音や事件事故など基地問題で奇妙な"遠慮"につながる場面が増えている」と延べねその事実を掲載している。
しかし、県議会米軍基地関係特別委員会でのやり取りはアメリカ寄りの自民党と反米主義の共産党のやり取りであり、結局は共産党の意見が取り入れられている。"遠慮"にはなていない。

被災者支援の拠点となった厚木基地から一時的に移駐する「外来機」に文句をいうのがおかしい。前田氏は「震災対応」でも「外来機」に対して文句を言うべきだというのか。震災支援より「外来機」の騒音にこだわる前田氏はまともな神経の持ち主ではない。いま、日本でどんなに悲惨なことが起きているのか・・・。

「普天間飛行場の死活的重要性が証明された」という海兵隊が強調した報道は新聞でもネットでも見たことがない。報道でそれらしきものがある可能性を感じさせるものはアメリカ軍の幹部がアメリカ上・下院の小委員会で証言したもの以外にはない。それは日本の国民や沖縄の県民に向かって発言したものではなく、アメリカの議員に向けて発言したものである。
海兵隊はいつ、どこで「普天間飛行機の死活的重要性が証明された」と発表したのか。前田氏は明らかにしていない。そして、批判したのは誰であるのかということも明らかにしていない。事実を明確にしないで海兵隊非難の道具にするのはマスコミの人間として卑怯だ。

「米軍の活動は沖縄ではあまり報道されていない」のは事実であり、在沖総領事館は事実を述べたのだ。、事実を述べたことさえも批判するのはおかしい。むしろ、在沖海兵隊の支援活動を報道しないことは沖縄のマスコミがアメリカ軍を差別していることになる。前田氏は沖縄のマスコミがアメリカ軍を差別していることを明らかにしたようなものだ。

なぜ防衛省幹部が「在日米軍への理解はある程度広がるだろうが限定的」という予想をし、それをマスコミに発言するだろうか。このような予想はマスコミや政治家がやるものであって防衛省幹部がやるようなものではない。普天間基地が微妙な時期にあるのに、わざわざそんなことをいう防衛省幹部がいるだろうか。信じがたいことだ。
それ以上に驚くのは、「まして普天間移設と絡めるなど論外」という発言だ。まるで辺野古移設に反対している人間の発言のようだ。そのようなことをマスコミに言う防衛省幹部がいるとすれば言語道断だ。
防衛省幹部であるなら辺野古移設の実現に努力するだろうし、在沖海兵隊の支援活動を宣伝して在沖海兵隊ののイメージをよくしようとするのが普通である。
ところが前田氏は、反対の発言をした防衛省幹部を紹介している。本当にこのように辺野古移設反対の人間が希望するような発言をマスコミにした防衛省幹部がいるのだろうか。


下の記事の最後は、「米大使館は、過去に大使館勤務経験のある国務省職員を各国から召集して、震災対応の作業部会を置き日本側との調整にあたっている」と書いている。アメリカが軍・民の総力を挙げて東日本大震災の援助と福島第一原発の救援に真剣に取り組んでいることを私たちは認識し感謝するべきである。

沖縄の新聞のこせこせしたアメリカ非難を読むと私はむなしくなる。



  

Posted by ヒジャイ at 13:22Comments(0)TrackBack(0)知識人批判

2011年03月28日

我部流大教授にかみつく


我部氏の述べたように、2001年の米同時テロ後のアフガン侵攻の時から嘉手納飛行場の爆音はひどくなった。普通の人は爆音といえばジェット戦闘機の離着陸の騒音が一番ひどいと思うだろうが、本当にひどいのは出撃から帰ってきたジェット戦闘機のエンジン調整だ。エンジン調整はジェット機が離陸するときと同じ大きさの爆音が長時間続く。アフガン戦争が始まった頃はエンジン調整の爆音がびとかった。しかし、暫くすると、嘉手納飛行場からアフガンに飛び立つジェット戦闘機はなくなり、爆音も少なくなった。次にひどくなったのは、北朝鮮がミサイルを飛ばしたときだった。最近では韓国との共同演習が始まったときにジェット戦闘機の離着陸が激しくなった。北朝鮮が怪しい動きをしたときには、すぐにでかいアンテナを乗っけた偵察機がやってくる。そして、最新鋭機の戦闘機がやってくる。アメリカ軍は中国や北朝鮮の動きに予想以上に敏感に対応する。私はアメリカ軍の敏感な行動が中国や北朝鮮の動きを封じ込めていると思う。しかし、我部氏は、「『安全のためには、金を払ってでも日本に米軍がいなければならぬ』という考えから脱却しない限り、騒音防止協定に実効性を持たせることは不可能だ」と延べ、「本当に米軍基地が必要なのか、コストが適切なのか」と沖縄にアメリカ軍が駐留することに暗に反対している。アメリカ軍の根本的な問題はアジアに駐留しているアメリカ軍に抑止力があるかないかである。沖縄に駐留しているアメリカ軍と他のアジアに駐留しているアメリカ軍はひとつのチームであり、アジアのアメリカ軍に抑止力があると思うなら、アメリカ軍の沖縄駐留を認めるべきである。在沖海兵隊には抑止力がないというのは抑止力の論点をずらしている。ヘリコプター基地は抑止力がないというのも論点をずらしている。私はアメリカ軍には抑止力があると思う。だからねアメリカ軍の沖縄駐留を認めている。コストの面で考えた場合、アメリカ兵士の給料や戦闘機などの軍事関係の機器はアメリカが負担するから、自衛隊だけで、中国や北朝鮮への抑止力を維持するよりは負担が少なくて済む。それに、自衛隊だけで国境を守った場合は、尖閣諸島の領海は日本だけで守るのは困難だっただろうし、北朝鮮の侵入も防げなかっただろう。戦後65年間、沖縄・日本が平和であったのはアメリカ軍の抑止力があったことを素直に認めるべきである。認めたうえで、沖縄に駐留しているアメリカ軍の規模が適正かどうかについて考え、必要でない基地は撤去させる交渉をやるべきだ。アメリカ・日本との貿易で経済成長してきた中国が、日本やアメリカと戦争を起こす可能性は限りなくゼロに近くなってきている。領海線での小競り合いはあったとしても、経済悪化になってしまうような事態は中国は避けるだろう。経済悪化は共産党一党独裁への反発となり、市民革命が起こる可能性がある。中国共産党が最も恐れているのは日本やアメリカではなく、国内の民主活動が活発になることである。戦争を前提として存在する嘉手納飛行場の代わりは原子力空母ができるから、普天間飛行場より嘉手納飛行場のほうが必要性は低くなっている。嘉手納飛行場の規模を小さくして普天間飛行場を嘉手納飛行場に移設するほうがいい。そして、中国との経済交流がもっと進化し、北朝鮮問題が終了した時、沖縄にアメリカ軍駐留は必要なくなる。


私の家にも、第3次嘉手納基地爆音差止訴訟へ勧誘するチラシがきた。なにか胡散臭い感じがしたので私は参加しなかった。「午後七時から午前七時までの軍用機の飛行を止める」訴訟は大賛成である。裁判闘争をするともに政府に圧をかけることができるように訴訟団の市民運動が広がればいいが、巨大原告団の団長が新川秀清氏では広がるかどうか疑問である。新川秀清は元沖縄市長とはいえ社民党所属の政治家である。社民党は反米主義であり、沖縄のアメリカ軍基地すべてを撤去することを主張してきた。訴訟団は「午後七時から午前七時までの軍用機の飛行を止める」のを目的にしている。ということは嘉手納飛行場の存在を渋々ではあっても認めているということになる。社民党の主張と訴訟団の主張は違っている。訴訟団の団長が主張の違う社民党所属の政治家というのは訴訟団が政治に中立な市民団体とはいえない。他の政党からは社民党の票集め目的の団体と看做され、純粋な市民活動はできない可能性がある。国会への訴えも効果が薄れる可能性がある。爆音差止訴訟団はC型肝炎訴訟のように特定の政党とは結びつかない団体であるべきだ。最初から訴訟団の団長が社民党所属の政治家であるのはうさんくさい。

  

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2011年03月27日

県憲法普及協議会にかみつく


あきれるね。県憲法普及協議会にとっては、東日本大震災の被害者を助けることよりも、アメリカ軍が国民に好感を持たれることがが気になるのだ。

「救援はありがたいことだが」と言っているが、それは社交儀礼であって、内心はアメリカ軍が東日本大震災を救援しているのを快く思っていない。県憲法普及協議会は、アメリカ軍の兵士が自由と民主主義を信念としているアメリカ市民であることを認めていない。
アメリカ軍は殺人集団であり悪の塊であるからアメリカ軍の兵士も殺人・婦女暴行を平気でやる人間の集まりであると考えているのだ。戦時中の「鬼畜米英」思想を引き継いでいるのが県憲法普及協議会というのは大げさであるがそれに近い妄想を持って居るのは確実だ。県憲法普及協議会fアメリカ軍が本心で人道活動をするはずがないと確信している。だから、アメリカ軍が東日本大震災を救援しているのは、悪の本性を隠すための偽善行為であると思っていて、アメリカ軍が東日本大震災の救援活動をしているのは「米軍の存在意義のアピールに利用」するためだから、先手を打って「米軍の存在意義のアピールに利用されることはできない」と宣言文を発表したのだ。

アメリカ軍のイニシアチブはオバマ大統領にある。アメリカ軍に政治的な意思はない。アメリカ軍は政府の意思に従って行動しているだけだ。
オバマ大統領は東日本大震災と福島第一原発事故への支援を全力て応援すると宣言し、現実に多くの支援活動をしている。アメリカ軍の支援活動もそのひとつである。

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原発事故対応で全面的に協力…米海軍司令官

. 福島原発
 東日本巨大地震に伴う被災地支援活動で米軍側のトップを務めるウォルシュ米海軍太平洋艦隊司令官は26日、防衛省内で折木良一統合幕僚長と約2時間会談し、東京電力福島第一原子力発電所事故の対応などについて協議した。


 司令官は会談終了後、記者団に、「(米側には)核分野の識見と経験を持った多くの要員がおり、彼らのできることはすべて自衛隊と共有する」と述べ、全面的に協力する意向を示した。

 米軍は、在日米軍司令部がある東京・横田基地の要員を増やし、防衛省中央指揮所、陸上自衛隊東北方面総監部(仙台市)に設置した「統合任務部隊」との情報共有などの連携を強化している。

(2011年3月26日20時08分 読売新聞)
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ウォルシュ米海軍太平洋艦隊司令官の行動も政府の指示に従った行動であって、ウォルシュ米海軍太平洋艦隊司令官の単独行動ではない。


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米のリビア空爆の政策転換 3人の女性が奔走

 【ワシントン=犬塚陽介】19日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、リビアでの軍事行動に慎重だったオバマ大統領が介入路線にかじを切った背景を伝えた。大量虐殺が起きかねない状況に危機感を抱いたクリントン国務長官、ライス国連大使、パワー国家安全保障会議(NSC)上級部長の女性3人が、そろって軍事行動を主張したことが決め手になったという。

ライス大使とパワー上級部長は早くから軍事行動を主張。一方でクリントン長官は当初、慎重姿勢をみせていた。

 しかし、リビアの最高指導者カダフィ大佐が今月14日、反体制派への弾圧姿勢を強めたことで、クリントン長官も軍事行動支持に転じたという。

 米国には1994年のルワンダ大虐殺を防げなかった苦い教訓がある。「最大の後悔」と著書に書いたのは当時のクリントン大統領。そのクリントン政権下で、ライス大使はアフリカ問題の顧問を務めており、パワー上級部長も人権問題の専門家として活躍してきた。

 オバマ大統領の説得に加え、クリントン長官は政権の方針転換を決定づけたアラブ諸国の支持と軍事行動参加の取り付けに奔走。

 ライス大使は国連安保理で決議案への賛成票確保に動き、強力な安保理決議の採択が可能とオバマ大統領に報告したことが、最後のひと押しになったという。

配信元:
2011/03/20 16:54更新

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このように、アメリカ軍の行動を決めているのは政府である。ライス大使とパワー上級部長は早くから軍事行動を主張を聞き入れ、クリントン長官が決断した時、オバマ大統領はクリントン長官の決断にしたがってアメリカ軍に行動の命令を下した。アメリカの場合はお互いの信頼関係が強いことを非常に感じる。

中近東では反体制運動が高まり、多くの国で反政府運動のデモが繰り返されている。しかし、イラクとアフガンでは反政府運動は起こっていない。なぜなら、アメリカ軍がイラクとアフガンで戦争をした目的は独裁者を倒して、民主主義国家を設立することにあったからであり、イラクとアフガンは民主主義国家を建設中であるからだ。

アメリカ軍のイラク・アフガンへの侵攻に大非難していた沖縄の政党や平和団体はアメリカ軍が惹き起こす戦争だけを非難するだけで、アメリカ軍が民主主義国家つくりに貢献していることについては無視していたし、今も無視し続けている。

民主主義国家の軍隊が人道支援するのは当たり前のことなのだ。民主主義国家でシビリアンコントロールされた軍隊と、政治の実権を軍部が握っていたり、独裁者の意思に従うような軍国主主義国家や独裁国家の軍隊と区別をすることができない者は民主主義思想が欠落している。
 
県憲法普及協議会は民主主義思想が欠落した憲法論者である。つまり、日本国憲法の精神を裏切っている憲法信奉者である。




  

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2011年03月26日

「ウチナー評論」佐藤優氏にかみつく


佐藤氏は、日本の外務省OBが、ワシントンの知り合いに、「日本のテレビに海兵隊のヘリによる支援活動が頻繁に映される対応を頼む」と言ってきたというが、アメリカ人に頼むのならアメリカのテレビ局への圧力を頼むのが普通だと思うのだが、なぜ、外務省OBは日本のテレビ局への圧力をアメリカの人間に頼んだのか。理解できない。日本の外務省OBが、日本のテレビに海兵隊のヘリによる支援活動が頻繁に映されるのを望むのなら、日本のテレビ局に圧力をかけることのができる日本在住の人物に頼むのが筋ではないのか。遠く離れたワシントンに居て、どのようにして日本のテレビ局に圧力をかけることができるのだ。圧力をかけるのは無理だと思う。
それとも、ワシントンの人間は日本のテレビに圧力をかけることができて、日本にはテレビ局に圧力をかけることができる人間がいないということなのか。ワシントンのどんな人間がどのようにして圧力をかけることができるというのか。この話はどうもうさんくさい。

私はテレビを見ているが、海兵隊のヘリによる支援活動はほとんど放映されていない。沖縄で最初に放映したのはNHKだった。それもわずかの時間であり、民放のテレビでも海兵隊の援助活動を放映したのはほんのわずかな時間だった。放送されたのは、オバマ大統領とクリントン国務長官の支援演説の映像と、福島原発の救援関係を口頭で伝えるものだった。今までのテレビ放映では「ワシントンの人間」による圧力は全然感じられなかった。

外務省OBは、海兵隊のヘリによる支援活動が日本のテレビに頻繁に映り出されると、「米海兵隊普天間飛行場の辺野古移設がやりやすくなる」と主張し、佐藤氏は、逆に「沖縄のマグマが爆発する。海兵隊だけでなく、米軍自体が沖縄に居づらい雰囲気ができる」と主張している。

普天間基地を辺野古に移設するには、名護稲嶺市長の許可が必要である。しかし、名護稲嶺市長は絶対に許可しない。だから、海兵隊が東日本大震災で活躍している様子をテレビ放映で流しても、稲嶺氏が名護市長である間は辺野古移設はできない。辺野古移設するには次の選挙で辺野古移設に賛同する名護市長が当選するしかない。それまではメア氏の言ったように普天間基地が存続するだけだ。

軍隊は戦争するのを目的にした殺人組織であり、アメリカ軍の兵士は殺人訓練を受けた殺人鬼であるという宣撫工作にマインドコントロールされていた人たちの中には、海兵隊の救助活動を見て、軍隊も人道的な面もあるのだと見直す者も出てくるだろう。そのような人が増えるのを革新系の政治やマスコミ、知識人は恐れていて、在沖海兵隊のイメージを悪くするために懸命になっている。

佐藤氏が予想しているような「沖縄のマグマが爆発する」ことはない。名護市長選で稲嶺氏が当選したのは、辺野古移設に反対したからではない。民主党がバックアップしたからだ。県民にとって政治で一番優先させてほしいのは生活が豊かにになることであり、経済が発展することだ。県民にとって基地問題はマスコミで扱っているほど重要視はしていない。それは名護市民も同じだ。名護市民は民主党なら名護の経済をよくしてくれるだろうと期待した。それが後押しして稲嶺氏は当選した。それもわずか1500表の差であったのであり、名護市は自民党支持者も根強いことを忘れてはならない。

名護市民の中で海兵隊を見直す人間が出て、1000人が稲嶺市長支持から自民党候補支持に回ると自民党候補が当選することになる。稲嶺支持派はそれを一番恐れている。だから、米軍や在沖海兵隊のイメージを悪くするために、米軍や在沖海兵隊は東日本大震災における貢献を普天間問題と絡めてアピールしていると吹聴しているのだ。

佐藤氏は、「東日本大震災における在日米軍の貢献を普天間問題と絡めないようにすることが結果として、日本にとってもアメリカにとってもいいという」意見をあっちこっちで言っていて、「その効果があったと思う」と自画自賛をしているが、福島第一原発の危機状態はまだ続き、解決のめどがたっていないし、震災被害者への救援もまだまだだというこの時期に、日本政府もアメリカ政府も(アメリカ政府はリビア・中近東問題も抱えている)、アメリカ軍も、「東日本大震災における在日米軍の貢献を普天間基地と絡めて」アピールする余裕はない。佐藤氏が自分の話したことが効果があったというのは勘違いだ。

佐藤氏は、在日米軍のイメージを落とさないで、日本とアメリカにとってもいいイメージを持たせるためのアドバイスをしている。ということは、佐藤氏は海兵隊が沖縄に駐留することや普天間基地が辺野古に移設することには賛成なのだろうか。佐藤氏は色々アドバイスをやるが、自分の立つ位置はあやふやだ。それがプロの文筆家の生きる道かもしれないな。

「冗談じゃない。僕は沖縄人の血が半分入っているから、確信をもって言うことができる」という佐藤氏の発言は笑える。沖縄の血が半分であろうが、満タンであろうが、佐藤氏の考えは佐藤氏個人の考えであって、沖縄を代表する考えではない。沖縄の血が満タンの人間たちでさえ、辺野古移設に賛同する人間だっている。辺野古移設に無関心な人間もけっこう居る。
沖縄の血が満タンの人間たちでさえ色々な考えがあり、ひとつではないということだ。
  

2011年03月25日

伊波洋一前宜野湾市長にかみつく


伊波氏は宜野湾市長時代から、普天間ヘリ部隊のグアム移転が明記された計画書があると主張し続けていた。2006年に「あなたの持っている資料は紙切れにすぎない」とメア氏に言われても、伊波氏は自分が手に入れた資料の信憑性を信じ続けた。
普天間基地の移転の方法として、色々なアイデアが出ただろう。伊波氏が入手したグアム移転もアイデアのひとつである。伊波氏が入手したグアム移転案はボツになり、辺野古移転が決まったというだけの話である。

しかし伊波氏は、アメリカ政府と日本政府が公式に辺野古移設案を発表したのに、日米政府の公式な発表を信じないで、自分が入手した資料のほうがアメリカ政府の本当の方針であると信じ込み、本当はアメリカ政府はグアム移転を計画していると思い込むのは異常だ。公式な発表を信じないで、どこからか入手したグアム移転案をつきつけて、「本当はグアム移転を計画しているのだろう」としつこくメア氏を追求するのは市長のやるべきことではない。伊波氏のねちねちした追求にメア氏が怒ったのは無理もない。

ヘリコプター基地をグアムに移すというのは、アメリカ軍がアジアに駐留している間はあり得ないことである。

ジェット戦闘機が訓練中に故障して、海に墜落したりした時にまっさきに救助に向かうのがヘリコプターである。訓練中に負傷した兵士を病院に運ぶのもヘリコプターである。ヘリコプターは平時のときでも不慮の事故に対応するためになくてはならない。ヘリコプターは抑止力ではなくて、抑止力を持つアメリカ軍をバックアップするのに絶対必要な存在である。救助活動になくてはならないヘリコプター基地をグアムに移すということはあり得ないことだ。

原子力空母が肩代わりできる嘉手納飛行の肩代わりはできてもよりもヘリコプター基地の肩代わりはできない。だから、沖縄本島から嘉手納飛行は撤去することができても、ヘリコプター基地のほうは撤去することはできない存在である。ヘリコプター基地よりも嘉手納飛行場のほうが先に撤去すると私は予想している。もし、普天間基地が辺野古に移設できなかった場合は、普天間基地はそのまま続行し、中国の危険性がなくなっときに嘉手納飛行場をテニアンがアメリカ本国に移動して、嘉手納飛行場をヘリコプター基地にするのではないだろうか。


伊波前宜野湾市長の二枚舌

伊波氏はメア氏に、クリアゾーンの設定を要請したという。クリアゾーンの土地は、元は黙認耕作地であり、人家はなかく畑だけだったからクリアゾーンの役目をはたしていた。黙認耕作地が開放されると、クリアゾウンであった場所には小学校や大学や住宅を建てた。メア氏から見れば、アメリカ側はクリアゾーンとして設定し黙認耕作地にしてあったのに、宜野湾市は黙認耕作地だった場所に、次々と建物を建てさせた。メア氏が宜野湾市を非難するのは当然である。
だから、メア氏が「飛行場周辺に建設許可を、市はなぜ出すのか」と反論するのは当然だ。クリアゾーンであった黙認耕作地に建物をつくった責は宜野湾市が負うのは当然だ。

クリアゾーンの設定を決めて予算を出すのはメア氏ではない。アメリカの上・下院の委員会である。メア氏が要請しても上・下院の委員会が納得しなければ予算は下りないし、伊波氏が本気でクリアゾーンをつくりたかったのなら伊波氏はメア氏ではなく、アメリカの議員に訴えるべきだった。しかし、アメリカの議員に訴えても、普天間基地の外はアメリカの管轄地域ではないから、アメリカが予算をおろすのは難かっただろう。だから、クリアゾーンをつくる要請はアメリカより日本政府に要請した方がよかった。

伊波氏がクリアゾーンの設置を要請することには矛盾がある。
普天間基地にクリアゾーンをつくれば、伊波氏は普天間基地撤去の主張をやめるかということだ。クリアゾーンをつくれば普天間基地撤去を主張しないのであれば、日本政府は喜んでクリアゾーンをつくるだろう。そのほうが辺野古移転よりも費用は安くなるからだ。

「クリアゾーンをつくります。その代わりに普天間基地の閉鎖や撤去を二度と主張しないでくれ」といわれたら伊波市長は首を縦に振るだろうか。おそらく振らないだろう。そのことが見え見えだから、日・米政府はクリアーゾーンをつくらないのだ。

メア氏はクリントン国務長官に、「最善の場合は辺野古移設。最悪でも普天間基地。普天間基地は危険ではない」と進言したという。メア氏はちゃんと答えを出している。メア氏にとって辺野古問題は終わったことである。
たった十人近くの学生に対して自論を述べただけであるのに、それを沖縄のマスコミ、政治家、知識人たちは大問題にしている。メア氏は伊波氏が思っているように、辺野古への移設が進まないので苛立っているだろうか>沖縄の仕事から離れたメア氏はすでに別の仕事をしている。それなのに沖縄の状況に現在も関心があるだろうか。沖縄とは関係のない別の仕事をしているメア氏にとって沖縄への関心はなくなっていると思う。
  

Posted by ヒジャイ at 11:12Comments(0)TrackBack(0)知識人批判

2011年03月22日

知念ウシさんにかみつく





メア氏の発言はアメリカの少数の学生たちに特別講義したことであり、彼の考えを述べたことであるのに、なぜこれほどまでに根を持つのか、沖縄のマスコミや知識人は不思議だ。
「氏の処遇について米政府は筋を通すべきだ。オバマ大統領の任命責任が問われる」とウシさんは主張するが、メア氏を東日本巨大地震の特別作業班の調整役に任命したのは米国務省の上司であり、メア氏クラスの人間の発言やポストまでオバマ大統領に責任を取れということこそがオバマ大統領へ失礼ではないか。安直にアメリカ大統領を責めるのは傲慢だ。

メア氏の発言を逆手にとって、「『日本政府を巧みに操りゆする名人』であるなら、そんな脅かしなど巧みに切り抜けられる」、「『3分の1が、軍隊がいなくなれば、より平和になれると信じていて』『対話不可能』、すなわち、説得不可能な人々である」と述べるのはメア発言に対する批判ではなく、言葉遊びでしかない。
沖縄に住んでいたのならば、メイ氏のいう3分の1は反米主義・反資本主義の社会主義や共産主義者であり、かつては北朝鮮や中国を理想国家としていた人間たちであることを知るべきである。沖縄の反米主義・反資本主義の運動は戦後すぐに始まり、その歴史は長い。沖縄の大衆運動を主導している沖縄の共産党、社民党、社大党、沖教祖、自治労などの歴史や政治目的を知るべきである。

メア氏は「沖縄の人たちはゴーヤーを栽培しているが、他県の栽培量が多い。沖縄の人は怠惰すぎて栽培できないからだ」と、沖縄は他の県に比べてゴーヤー栽培を努力していないと述べているのであって、ウシさんのいうような「ゴーヤーを栽培できない」とは言っていない。批判するのなら相手の主張をきちんと理解した上でやるべきだ。自分の都合のいい部分だけを切り取って反論するのはやるべきではない。

酒に関してはアメリカ人だって酒飲みである。ウシさんの言う通りだ。

私は高校の授業で民主主義社会について学んだ。国民投票や三権分立が封建社会や独裁国家よりいずっといいと思った。だから、私は民主主義国家が一番いいと思っているし、民主主義にこだわっている。
なぜ、沖縄の知識人たちが民主主義よりもアメリカ軍基地にこだわり、アメリカ軍基地イコール沖縄の植民地であるとか、差別であるとか、琉球王朝時代のほうが豊かであったとか、というようなこだわりをするのだろう。不思議である。
もしかするとリキヤーたちは高校の勉強は大学進学するための単なる詰め込み勉強をしたのではないだろうかと私は考えざるをえない。
高校での倫理社会や政治経済、歴史などの勉強で自由、平等、人権、民主主義について勉強した。
琉球王朝は封建社会であり、農民や漁民に生まれたら武士に一生搾取されて、自由も人権もない。琉球王朝で自由で豊かなのは武士階級の人間たちだけであるのは、高校の勉強で理解できるし、私の民主主義思想は高校時代に培ったものである。

知念ウシさんはウシをペンネームしているが、ウシとは家畜の牛を女の名前にしたものである。ウシという女の名前は琉球王朝時代に生まれた。琉球王朝は武士階級が支配する身分差別の社会であった。差別は身分だけではない。武士に支配されていた農家では男尊女卑の世界があり女性は差別されていた。農家で差別されていた女性は家畜のウシと同等の存在であったのだ。ウシという名前は女性差別の名前であり、女性にとっては屈辱的な名前である。
知念ウシさんがウシという名前が女性差別の名前であることを逆手にとって、女性差別への反骨魂からウシをペンネームにしたのなら理解できるが、ウシさんの差別論は日本やアメリカによる沖縄への差別を問題にしていて、沖縄の内部に巣食う女性差別については問題にしていない。知念ウシさんはウシという名前が沖縄の昔からある名前だから、愛着がわいてペンネームにしたのだろう。

私の母はカマドゥという名前だったらしい。カマドゥは台所の釜戸から取った名前である。南方の戦場に行った父は妻の名前が釜戸から取った名前であることを日本の兵隊に笑われたらしい。帰国した父は康英の英は訓読みでヒデと読むので母の名前をヒデにしたらしい。沖縄の男尊女卑の思想は戦前までは根強かった。戦後アメリカ世なり、アメリカ人や軍雇用員を中心にしたサラリーマンがが増えることによって男尊女卑は緩和されていった。決してなくなったわけではない。

沖縄人はみんな兄弟、沖縄人はみんな優しい人間たち、沖縄人は平等で助け合う人間たち、と思うの間違いだ。沖縄の民主主義はアメリカが与えた形式的なものであり、沖縄の内に平等、民主主義、人権主義が定着しているわけではない。日本政府やアメリカを敵対視し、外にだけ目を向けていると沖縄内の矛盾がなおざなりにしてしまう。

名古屋市では河村氏の議員や公務員の給料を半減するという主張が市民に圧倒的に支持された。大阪府でも議員や公務員の給料を削減している。全国で最低の賃金、最低の学力であるのに公務員や教員は全国なみの給料である。沖縄こそが名古屋市のように徹底的に議員や公務員の給料を削減するべきである。
振興策や島田懇の金は沖縄の経済発展よりも、役所や一部の人間たちが潤うように仕組まれているのを解明して、沖縄の経済発展に有効に使われるようにするべきである。

などなどと沖縄内部の矛盾を追及するのも沖縄の知識人の責任である。沖縄対日本、沖縄対アメリカという発想は沖縄の民主主義・経済発展をおろそかにしてしまう。




  


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2011年03月19日

目取真俊氏にかみつく


注・・・私の情報は全て新聞等の情報であり、特別な情報ではありません。


小泉元首相の時代に、辺野古の沖にヘリコプター基地をつくろうとした。しかし、反対派の命がけの抵抗に合い、海底調査さえできなくて、計画はなかなか進まなかった。それに海上案は金がかかりすぎる問題等もあり辺野古の沖にヘリコプター基地をつくることは断念した。
辺野古海上案を断念した小泉元首相は県外移設を決心した。県外移設を実現するために任命したのが元防衛事務次官の守屋氏であった。
小泉元首相が県外移設を試みることは新聞では小さく扱われたし、その後は守屋氏が裏で調査と交渉をしたので、県外移設について新聞に掲載されることはなかった。小泉首相が辺野古海上移設を断念してから、一年だったかそれ以上後だったかははっきりしないが、突然V字型飛行場案が新聞に発表された。

小泉元首相は「総論賛成各論反対」という表現で県外移設を断念せざるを得なかった理由を述べた。つまり、県外移設には他県の知事、市町村長は賛成をするが、いざ自分の土地に移設するとなると全ての知事、市町村長が反対したということだ。「最低でも県外」を公約した鳩山前首相が県外移設を目指して色々移設候補に挙げた場所は場所はほとんど守屋氏が調査をして移設ができない場所であると断定した場所だった。

県外移設を断念した小泉元首相は、辺野古地区の人々の基地被害を最小限にとどめる方法として、辺野古の陸上にV字型の滑走路をつくる案を出してきた。

もし、辺野古移設問題に関心のあった人間であるならばこの過程を知っていて当然だ。目取真氏もこれまでの過程は知っているはずだ。だからなのか知らないが、目取真氏は県内移設に反対をしているが県外移設は主張していない。

目取真氏は県外移設も国外移設も主張しないで県内移設反対を主張しているが、それは目取真氏が政府の立場の人間ではないからだ。目取真氏は移設場所を決めなくてもいいが、政府は移設場所を決めなければならない。ヘリコプター基地の設置候補地は辺野古、県外、国外、普天間基地の4つの場所の中のひとつである。政府は4つの場所からひとつを絶対に選ばなければならない。
目取真氏は辺野古移設を反対しているだけで、普天間基地の移設場所は指定しなくてもいいが、政府の人間であるメア氏や守屋氏移設場所を決断しなければならない。目取真氏とメア氏や守屋氏は同じ土俵には立っていないのだ。目取真氏がメア氏や守屋氏と対等な立場になるには目取真氏もヘリコプター基地をどこに設置するかを表明しなければならない。

目取真氏はメア氏や守屋氏が「県内移設」反対の世論を無視しているというが、それは違う。メア氏と守屋氏は「県内移設」反対の世論を十分に知っている。彼らが政府から命じられたのは辺野古移設についての世論調査ではなく、普天間ヘリコプター基地の移転場所を見つけることであった。

ヘリコプターは救助活動になけれはならないから、アジアで活動しているアメリカ軍から遠く離れたグアムに移転するのは論外である(鳩山元首相はグアム移転を全然言わなくなった。ヘリコブター基地の役目を知ったからだろう)。本土の市町村は受け入れるところがひとつもなかったから県外移設も無理であった。
唯一地元が受け入れを了承したのが辺野古であり、普天間基地の移設は辺野古の陸上案以外にはなかった。だから、メア氏や守屋氏は政府に辺野古移設しかないことを報告したのだ。メア氏や守屋氏は世論を無視したのではない。辺野古の人たちは「苦渋の選択」として普天間移設を受け入れた。メア氏や守屋氏が世論を無視していると非難する目取真氏は地元辺野古の意見を無視している。

メア氏や守屋氏は実務家であり政治家ではない。極端に言えばメア氏や守屋氏は政府から命ぜられて仕事を淡々とやったのであり、辺野古移設が実現するかしないかは彼らに責任はないし、辺野古移設を政府に進言した後は彼らは辺野古移設の問題から離れてね次の仕事に移った。目取真氏が思っているほど今の彼らは辺野古には関心はないだろう。

稲嶺前知事、仲井間知事、岸本元市長、島袋前市長は選挙で選ばれた人たちである。目取真氏が保守系知事・市長を否定するということは民主主義を否定することである。
座り込み、海上での海底調査の過激な阻止行動、集会、申し入れが選挙で選ばれた首長より正しいというのだろうか。目取真氏は議会制民主主義をどのように考えているのだろうか。

目取真氏は辺野古移設反対運動を「沖縄の民衆が主体的に作り出した運動」と称しているが、それは間違いだ。祖国復帰運動、基地撤去運動を主導してきたのは革新系統の政党であり、政党の支持母体は教員や公務員組織だ。辺野古移設反対運動も祖国復帰運動から延々と続いている公務員組織を中心とした運動であり、基地撤去運動、辺野古移設反対運動は、民衆が主体的に作り出しているのではなく、左系の政党・組織が主導している運動だ。

4月に読谷飛行場跡で行われた県民大会も革新系の前宜野湾市長伊波洋一が立候補した知事選を有利にする目的のいわゆる選挙運動のひとつだったのだ。県民大会参加を決めたのはほとんどが役場の職員組織であった。

議会制民主主義の社会では目取真氏のいう権力者はいない。議会制民主主義の社会では市民の選挙で選ばれた人物が権力者になる。現に名護市は辺野古移設反対派の稲嶺氏が選挙で市長になったではないか。目取真氏は稲嶺市長は権力者ではなくて、保守系の政治家が選挙で市長になったら権力者になるというのだろうか。こんなおかしい理屈はない。

稲嶺市長の名護市では「権力側に無視されたり貶められている民衆」は辺野古移設賛成派の民衆である。

目取真氏は基地に関するアメを問題にしているが、アメをほしがった運動が祖国復帰運動であったことを目取真氏は知っているだろうか。アメリカ施政権下でのアメリカ式政治では公務員や教員の給料は安かった。一方、戦前の中央集権国家の沖縄では教師や公務員の給料は高かったし、戦後の日本も同じように高かった。だから、沖縄の教員や公務員は祖国復帰して本土並みの給料にしたかったのだ。祖国復帰運動の強力なエネルギーは祖国復帰すれば給料があがるというアメにあったのだ。復帰した後に予測通りに教員や公務員にはものすごいアメがばらまかれた。

アメをしゃぶるのは右も左も関係ない。チャンスがあればみんなしゃぶりたいものだ。ただ、「日本は祖国であり親である。子が親の元に帰るのは当然である」「本土復帰すれば核も基地もない、平和で豊かな沖縄になる」などと、美しい文句で県民を祖国復帰運動に巻き込んで、裏ではアメをしゃぶるのを目的にした巧妙なやり方は教員や公務員が一枚も二枚も上だった。


反戦平和の立場から辺野古移設反対運動をするのは大衆運動といえるが、共産党、社民党など革新政党や教員、地方公務員による辺野古移設反対運動は大衆運動を装った権力闘争だ。彼らは反資本主義・反米主義であり彼らの政治理念は保守政党やアメリカ政府とは違う。彼らは辺野古移設だけを反対しているのではない。沖縄にあるアメリカ軍基地すべての撤去を目指しているし、もっと突き詰めればアジアからアメリカ軍がいなくなることを目標にしている。
共産党、社民党など革新政党や教員、公務員の最大の目標は日本の政権を握ることだ。彼らが主導する県民大会は権力闘争の一環であり、大衆運動と呼ぶのは間違いである。

目取真氏は小説家であり、組織に縛られない自由な立場にいる。目取真氏には、もっと沖縄の大衆運動の表と裏を見つめなおし、複雑な沖縄の政治状況を探求し、本当の「歪み」はなにかを明らかにしてほしいものだ。








  


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2011年03月10日

元沖縄県知事太田昌秀氏批判 17





「こんな沖縄に誰がした」太田昌秀著

五 沖縄の自立と軍事基地ー沖縄の諸問題と解決

基地返還前後の経済変動 1

沖縄では、南部は那覇市から南側をいう。中部は浦添あたりから恩納村あたりまで、北部は名護市辺りから北側をいう。
那覇市から南側には山が少なく平野が広がっていて畑に適している。それに那覇市には港と空港と県庁があり一番便利であり、南部は経済が発展する要素が集中していて、沖縄の経済は那覇市を中心に発展した。

沖縄の米軍地図を見れば南部には基地がないことがわかる。太田氏は中南部のもっとも便利な場所を基地に取られているというが、もっとも便利な場所は平野が広がる南部であり、米軍基地はない。浦添市から那覇市、そして那覇市から南部は住宅密集地であり、東京都と同じ人口密度である。太田氏は失業問題の解決が困難であるのは中南部のもっとも便利な場所を基地に取られているせいにしているが中南部のもっとも便利な場所のほとんどに基地はない。
普天間飛行場や嘉手納飛行場は便利な場所にあるといえる。

太田氏は、「米軍基地は中南部にある」そして「朝から晩まで実弾を使って演習ばかりしている」と述べて南部で演習をしているようにイメージさせているが、南部にはアメリカ軍基地はほとんどないから、演習はやっていない。
演習をやっているのはキャンプハンセンであり、演習のほとんどは北部の方でやっている。キャンプハンセンと北部訓練場は山岳地帯であり、街をつくるのにも、畑をやるにも適さない。太田氏は海兵隊は「演習ばかりやっているので雇用の場にはふさわしくない」というがキャンプハンセンや訓練場は山岳地帯であり、開放されたとしても、「雇用の場」にはふさわしくない。

太田氏は軍用地が返されれば約十倍の雇用が確保できると断言しているが、その理論にはとんでもない問題がある。
     つづく  

2011年03月09日

元沖縄県知事太田昌秀氏批判 16



「こんな沖縄に誰がした」大田昌秀著

五 沖縄の自立と軍事基地―――沖縄の諸問題と解決の方法

深刻な雇用問題

驚くべき事実が分かった。復帰前までは沖縄の失業率はなんと0・6%だったというのだ。アメリカ軍が統治していた時代の方が失業率は極端に低かったのはなぜだろうか。そして、なにが原因で復帰後は失業率が高くなっていったのか、その原因を知るのは必要である。復帰前と復帰後の歴史を比較調査するべきである。復帰前はアメリカ流の経済システムであり、復帰後は日本流の経済システムである。一体何が違うのだろうか。

太田氏は1990年から1998年まで沖縄県知事をやっている。復帰から20年も経過していない。その時の失業率は何%だったのかを明らかにしないで、太田氏は2010年度の失業率を取り上げている。沖縄の失業率は0・6%から40年弱で8%へと上昇している。この上昇は異常である。アメリカ統治時代の沖縄の経済システムと復帰後の経済システムにどんな違いがあったのか。沖縄県知事であるならば興味を持つのが当然であるが、8年間も沖縄県知事をやった太田氏は関心がないようだ。

太田氏は沖縄の自立を強調しながら、日本政府の支援を仰ぎ、「特別調整費」の名目で50億円を援助してもらっている。この50億円は沖縄の自立に全然関係ないお金だ。「失業問題」を解決するには経済の発展が一番効果があり、次に本土でもばりばり働ける若者を教育で作り出すことが大事だ。そのような経済発展をすることによって失業者を減らしていく政策こそが真剣に取り組まなければならないのに、「平時に置いて10代の若者たちが仕事がないための暴走行為によって事故死するという事態は、行政の責任者として到底看過できるものではないから」という理由で日本政府から50億円を引き出して使った。沖縄の自立や若者の失業を50億円を使って解決したのだろうか。恐らくなんの効果もなかったのではないか。

太田氏は仕事がないために若者は暴走すると認識しているようだが、この認識はどのような情報・統計から得た認識なのだろうか。太田氏は暴走現場や暴走する若者たちについて調べたことがあるのだろうか。
若者はスリルを味わうために暴走する。スピードを上げるために、高い金を投資して車体やエンジンを改造する。だから暴走するためには高いお金が必要である。暴走族の多くは働いて金を貯めて、暴走するために金を使うのだ。暴走するためのガソリン代もバカにならない。失業すれば金がないから、暴走することもできない。だから、太田氏のいう、失業したから暴走するという理屈は間違っている。暴走する若者の死と失業問題とは関連性はないのだ。県知事の単純な思い込みで50億円も使うなんて考えられない。

太田氏は沖縄戦で125人の中から37人しか残らなかった体験が若者の暴走による事故死に同情しているが、太田氏は沖縄戦という特殊な状況で多くの友人をうしなったのであり、それは太田氏の特別な体験であり、平時における若者たちの暴走による事故死とは原因が全然違う。自分のトラウマのために知事という地位を利用し国民の血税を50億円も使うなんて許されない行為である。

太田氏は沖縄の自立と経済問題という切実な問題を提起しながら、この問題とは違う内容に進み、結局は沖縄の自立と経済問題の解決についてはなにも提起していない。

  

2011年03月08日

元沖縄県知事太田昌秀氏批判 15


「こんな沖縄に誰がした」大田昌秀著

五 沖縄の自立と軍事基地―――沖縄の諸問題と解決の方向

沖縄の基地の現状と地政学的位置
114P~116P

沖縄戦を体験した太田氏は、外国に攻め込まれた時は多数の住民が犠牲になることを体験した。それであるならば沖縄が戦争に二度と巻き込まれないことを第一に考えるべきである。ところが太田氏は紙上の国家主権論を振り回して、アメリカ軍が中国や北朝鮮の日本への侵入を防いでいる事実には無頓着である。

アメリカ軍が沖縄を統治している時は、尖閣諸島の領海はアメリカ軍が守り、中国や台湾漁船の領海侵入を許してなかった。しかし、沖縄が日本に施政権返還がされてからは、中国漁船による尖閣諸島の領海への侵入がひどくなり、宮古・八重山の漁船が尖閣の日本の領海から追い払われた。太田氏が知事をやっているときも中国漁船による尖閣諸島の領海への侵犯は拡大していた。
「自分の土地も海も空も自由に使えない」ことでアメリカを非難した太田氏は、尖閣諸島の領海で沖縄県の漁民が中国漁船に追い払われていることには無頓着であるのだ。
太田氏は沖縄が米軍が空域の40%を管理していることを非難し、主権国家のていをなしていないというが、アメリカ軍は中国や北朝鮮等の日本への侵入を防ぐために存在しているのであり、それは日本政府も了承していることである。

アメリカ軍が沖縄に軍事基地があり、空域も管理しているから主権がないと単純に主張するのは現実の世界情勢への認識が足りないせいである。太田氏は、「沖縄の島人が自分の土地も空も自由に使えない」と不満を漏らしているが、それでは沖縄には主権を守ることができる軍事力があるのかと問いたい。主権を主張し・守るにはそのための軍事力が必要だ。紙に書かれた権利を主張しても世界に通用しない。




沖縄は1609年に島津の軍隊が攻めたときに敗北している。主権を守るには主権を守る実力がなければならない。沖縄はそのときから太田氏のいう「主権」は失ったのだ。琉球王朝の敗北は、沖縄には沖縄の主権を守る実力がない現実を見せ付けられたのだ。

明治政府による「琉球処分」に琉球王朝は従っている。原因は琉球王朝には明治政府による「琉球処分」をはねつける実力がなかったからだ。
太田氏は、沖縄の土地、海、空を島人が自由に使うのを主権と呼んでいるが、太田氏の主張する「主権」を獲得するにはアメリカ軍を沖縄から追い出し、中国や北朝鮮等の外郭の侵入を防ぐ軍事力を持つ以外に方法はない。沖縄にそのような実力があるのか。
島津藩の侵略、明治政府による琉球処分、アメリカ軍の沖縄上陸と敗北をし続けた沖縄に太田氏のいう「紙に書いた」ような主権があるはずがない。

「琉球処分」というのは琉球王朝の処分である。「琉球処分」より「王朝処分」のほうが正しい表現だと思う。明治政府による「琉球王朝処分」によって、沖縄は四民平等の社会になった。戦後アメリカ軍は琉球政府を作り三権分立と議会制民主主義の礎を築いた。琉球政府主席はアメリカ民政府が任命し、アメリカ兵の犯罪は沖縄の裁判で裁けないという問題はあったが、戦前の沖縄に比べたら、いっそう沖縄の人々は自由になり、民主主義社会になった。経済活動も活発になり、県民の生活は向上した。
これはアメリカ政府が沖縄にもたらしたメリットである。
もし、太田氏のいう「主権」が守られた沖縄であったら琉球王朝が支配する沖縄になっていたか、中国に支配された沖縄になっていただろう。

沖縄にアメリカ軍事基地があるのは、太平洋戦争が終わった時期と、中国・ソ連等の社会主義圏とアメリカ等資本主義圏対立による冷たい戦争が原因している。
アジアでは朝鮮戦争、ベトナム戦争、カンボジア内乱などがあったし、中国によるチベット等の内陸部の国への侵略などがあった。アジアで戦争や内乱がなかったのは日本・沖縄だけである。それはアメリカ軍が内乱を防ぎ侵入も防いだからである。
太田氏が「紙に書いたような」主権を主張できるのは戦後65年も沖縄がアメリカ軍に守られて平和だったからである。
戦争を体験し、平和のありがたさを知っているはずの太田氏であるのに戦争被害と基地被害では被害の度合いが全然違うことを認識していない。アメリカ軍が日本・沖縄の平和を守っている現実をお太田氏が認めないのは認識不足である。

太田氏の認識不足が露骨に出ているのが、「当のアメリカでは、真に北朝鮮が脅威というなら『沖縄に米軍を集中せしめるより、・・・・・の方が有利だ』という軍事専門家が少なくないのである」と述べていることだ。
アメリカは北朝鮮だけが脅威とは思っていない。北朝鮮、中国、ベトナム、そしてイスラム原理主義などのテロリストが脅威であると思っている。だから、沖縄に軍事基地があるのだ。韓国にアメリカ軍を増やせば、中国以南への抑制ができなくなる。軍事戦略としてバランスの悪い韓国にアメリカ軍を集中させるようなことはしない。



  

2011年03月07日

片山総務相こそ民主主義じゃない


片山総務相は、阿久根市、名古屋市で市長が議会解散を主導したということで民主主義の危機だと主張している。議会解散を決定したのは市民の投票による多数決の結果で決まった。それも、二回の市民投票をやっている。片山総務相は市民の多数決によって決定したのに、市長か主導したという理由で民主主義ではないというのだ。片山総務相は市民の多数決で決めたことの重さより。市長が主導したことを非難している。

市長が市民投票呼を呼びかけたかけたとしても、最終的に決定するのは市民の賛成多数で決定するのだから、市民投票を呼びかけるのは誰でもいいのだ。
片山氏は、「民主主義にとって議会は不可欠だから」というが、市長が音頭をとって議会解散したからといって議会がなくなるわけでもないし、議会の権限が失われることもない。
名古屋市の議会は、市長の給料の半減は賛成しながら、自分たち議員の給料の半減には反対した。市長と対立すれは妥協するか、市長への不信任案を提出するべきであるのに、不信任を出せば逆に市長から議会の解散をさせられるのを恐れて、名古屋市の議員たちは妥協案も不信任案を出さなかった。
議会がゆきづまったら市民に判断をゆだねるのは当然だ。名古屋市議会議員のほうが民主主義を無視した行為をしたのである。

なんと、片山総務相は、「知事や市町村長を直接選ばない民主主義はあり得るが、議会を欠いた民主主義はない」と断言した。
沖縄が琉球政府時代の時は立法院議員は選挙で選ばれたが、琉球政府主席はアメリカ民政府が任命した。戦前の沖縄県知事は日本政府が派遣した。このようなやりかたは市民よりも知事を任命した側の意思が反映される。果たしてそれが民主主義といえるだろうか。戦前の沖縄も復帰前の沖縄も民主主義社会ではなかった。その象徴が沖縄の人々が直接琉球政府時代を選ぶことができなかったことなのだ。
まるで、復帰前の琉球政府時代が民主主義社会であったように発言する片山総務相は復帰前の沖縄を理解していない。「知事や市町村長を直接選ばない民主主義はあり得る」という理論は戦前の中央集権国家や復帰前の沖縄のアメリカ民政府支配を認めてしまう危険な思想だ。

「橋下さんや名古屋の河村さんにルールを作る権能はない。予算案は作るが議会承認がなければ1円たりとも使えない」と片山総務相は強調する。まったくその通りだ。橋下知事も河村市長もこのルールを壊すつもりはさらさらない。両人は自分の考えを市民に訴え、市民の支持を得ようとしている。そして、自分の目指す政治に賛同する議員を増やそうとしている。その行動はしっかりと民主主義ルールに沿っている。

片山総務相は「議会は本来、議論し立法する所だが、ほとんどの地方議会は立法機能をはたさ」ないと述べているが、それは今までの政治に責任がある。橋下知事や河村市長を非難するのはお門違いだ。

しかし、私が愕然とするのは、「知事や市町村長を直接選ばない民主主義はあり得るが、議会を欠いた民主主義はない」と発言し、復帰前の琉球政府時代に民主主義があったような発言になんの反論もしない沖縄通の知識人やマスコミしかないことだ。
  

Posted by ヒジャイ at 09:42Comments(1)TrackBack(0)知識人批判

2011年03月05日

元沖縄県知事太田昌秀氏批判 14

「こんな沖縄に誰がした」大田昌秀著

五 沖縄の自立と軍事基地―――沖縄の諸問題と解決の方向

安保条約と地位協定 111ページより

太田氏は、安保条約にも地位協定にも基地を沖縄に置くとはどこにも書いていないのに、日本全体の75%のアメリカ軍基地が沖縄に集中している理由を学者や軍事専門家に聞いても誰も答えることができなかったとか、小の虫、大の虫論で教授をやっつけたりしているが、それに意義があるのか疑問だ。
沖縄の問題を研究もしていない教授をやっつけてなんになるのだろう。太田氏は「沖縄の問題を自らの問題に引きつけて考えようとしないわけだ」というが、太田氏だって世界中の地域的な問題を自らの問題として考えてはいないだろう。

大田氏は「あなたの住んでいる・・・・・・・・お考えですか」と言って教授をやりこめているが、もし教授が以前から太田氏を知っていたら、太田氏はぐうも出ないほどの反撃を食らっていたかもしれない。なぜならこの会話のやりとりで太田氏自身のとんでもない矛盾を露呈させているのだ。

太田氏は、沖縄という「小の虫」が日本という「大の虫」の平和と安全を守るために犠牲になっていると述べている。ということは沖縄のアメリカ軍基地は日本の平和と安全を守っていると太田氏は認めているわけだ。
しかし、太田氏は「沖縄に基地があるから戦争が始まったら沖縄が真っ先に攻撃される」と主張している。最近もそういうことを発言したことが新聞に書かれていた。太田氏は「沖縄に基地があるから戦争が始まったら沖縄が真っ先に攻撃される」ことを理由に危険なアメリカ軍基地撤去を主張している。つまり、基地は安全を守るものではなく戦争を招くものだと太田氏は主張している。そうであれば、沖縄のアメリカ軍基地は本土の平和と安全を守るものではないということになる。

「小の虫」、「大の虫」論では沖縄のアメリカ軍基地は日本の安全と平和を守っていることを認め、他方で、沖縄にアメリカ軍基地があるから戦争に巻き込まれると180度逆のことを述べている。矛盾していることを発言する太田氏は二枚舌である。  

2011年03月04日

元沖縄県知事太田昌秀氏批判 13




「こんな沖縄に誰がした」大田昌秀著

四 憲法第九条の成立過程て天皇制存続の経緯――沖縄の「分離」との関係で

沖縄の分離・占領は、日米両政府の合作 71ぺーじ


A、アメリカの沖縄軍事基地の日本からの分離における天災
アメリカ政府が沖縄戦の開始と同時に対日本本土作戦として、地理的条件から軍事基地を強化した。
B、アメリカの沖縄軍事基地の日本からの分離における人災
太平洋戦争がはじまって間もない頃から米国政府内部で周到に計画されていた。

太田氏は、沖縄の日本からの分離のあり方を天災論と人災論に分けて、沖縄の分離は天災ではなく人災であると述べている。Aの天災論の場合は、アメリカ政府はアメリカ軍が南方から攻撃して次第に北上して沖縄に上陸するまで、沖縄を日本本土への攻撃基地とすることを考えていなかったということになる。しかし、戦争は戦略を立ててから行動するものであり、沖縄に上陸するまで沖縄に基地をつくることをアメリカ政府が考えていなかったということはありえない。
アメリカ政府は日本との戦争が始まったときに日本に勝つための戦略を練ったはずである。日本が降伏しなければ最終的には本土上陸までアメリカ政府は考えたであろう。
  


太平洋戦争時代の飛行機の飛行航続距離を考えると、戦闘機や爆撃機による日本本土への攻撃基地とするのは沖縄が一番条件がいいと考えるのは軍事専門家が地図を見ればすぐに分かることだ。アメリカ軍事専門家が沖縄戦が始まってから沖縄を本土攻撃の基地にしようと考えないはずがない。太田氏のいう「天災」はあり得ないことである。
それにしても、太田氏のいうような理由で「天災」と「人災」に分ける必要はあるのだろうか。「太平洋戦争がはじまって間もない頃から米国政府内部で周到に計画されていた」としても沖縄の軍事基地強化は日本本土への攻撃のためであり、「天災」であっても「人災」であっても沖縄の軍事基地強化の理由は同じである。

「自国領土の一部たる沖縄を異国の軍隊に分離支配せしめ」と太田氏は沖縄を日本の一部であることを強調し、沖縄を分離した日本政府を非難している。しかし、太田氏は明治政府が廃藩置県をして沖縄を日本に組み入れられたときには琉球王朝の側に立ち、沖縄が日本の体制に組み入れられることに異を唱え、沖縄の独立性を強調した。
大田氏には一貫したポリシーが見受けられない。

軍事戦略の面から考えれば、アメリカにとって直接日本本国を攻めるのは多くの犠牲を出すから日本本国を攻撃するための基地を造り爆撃機や戦闘機で本土を徹底的に叩く必要がある。アメリカは奄美大島から沖縄、台湾まで基地候補に挙げた結果、沖縄が最適と考えたのだ。そのような戦略は太平洋戦争が始まると同時に計画を練るのは当然である。沖縄の軍事基地化は特別な計画とはいえない。
ところが太田氏はアメリカ政府によって最初から「周到に計画されていた」ことを主張することによって沖縄の軍事基地化をアメリカが自己目的化しているような印象を与えている。

もし、日本が降伏しなかった場合は、爆撃機で九州を叩いたあとに九州に上陸して、沖縄の基地を九州に移す戦略も練っていたはずである。日本が最後まで降伏をしなかった場合はアメリカ軍は東京まで進撃していたはずである。その時には沖縄のアメリカ軍基地よりも本土のアメリカ軍基地を強化していたはずである。日本が最後まで降伏しなかった場合は、アメリカ軍が沖縄に多くの基地を残したとは考えられない。
日本の政権を握っていた日本軍は本土決戦も覚悟していた。天皇陛下の玉音放送がなければ本土決戦をしていたはずである。それにソ連は北側から攻撃をしてきていたし、もし、日本の降伏がもっと遅れていた場合は、北海道はソ連に占領されて、日本はドイツのように二分されていただろう。日本が降伏した後に占領した北方領土をロシアが占領をし続けていることから、北海道がソ連に占領されただろうということは簡単に予想できる。
もし日本がドイツのように二分割されていたら、沖縄は別の歴史を辿っていただろう。

逆に日本がもっと早く降伏していたときにも状況は違う。例えばフィリピンが陥落した時に日本が降伏をすれば、アメリカ軍が沖縄に軍事基地を造る可能性は低かった。日本政府が早めに降伏すれば10万人以上の日本兵が沖縄にやってくることはなかったし、沖縄戦もなかった。アメリカ軍も少数の兵士が沖縄に上陸しただけだっただろう。

太田氏は、アメリカ政府による沖縄の分離・占領が日本政府の独立と引き換えに、日本政府が安易に了承したと非難しているが、敗戦国である日本にとって仕方のない選択ではなかったのか。沖縄の分離を日米両政府の「合作」だというのは強引なこじつけであり、沖縄の分離を日米政府の合作と決めつけ日本政府を非難するのはおかしい。

戦後沖縄を「いびつな歴史」と決め付けるのは納得できない。戦後の沖縄の人々は戦前に比べて一段と自由になった。誰でも知恵があり懸命に働けば儲けることができ、市場も繁盛した。
「貧乏人でも大学に行けるようになった。みんな一生懸命頑張って大学へ行け」と話していた若い先生もいた。その先生は自費で私たちを琉球大学の学園祭につれていったくれた。1958年のことである。

戦前と戦後の沖縄を経験した太田氏なら戦後の沖縄の生活レベルが向上したことは知っているだろう。沖縄の発展には大学は欠かせないといってアメリカ民生府が創設した琉球大学の学長までなった太田氏なのだからアメリカ統治の功罪を知っているはずだ。アメリカ統治の罪だけを述べるのではなく、功罪を明らかにするのが戦前戦後を生きてきた知識人の責務ではないのか。

  

2011年03月03日

民際学・・やすっぽい政治屋学問のよう





松島氏は民際学について説明している。
6は社会底辺に置かれた人々が、支配-被支配の関係を問い直す。7、では諸問題を多角的な観点から具体的に考察すると述べている。

それなのに、「沖縄はかつて琉球国であり日本と対等な立場であった」と琉球国の支配-被支配社会については追求しないし、琉球国の諸問題を多角的な観点から追求することもなく、あっさりと一面的な視点から述べている。

松島氏のいう「かつて」とは琉球王朝が島津藩に支配されない時代をいうのだろうか。そうであれば日本の戦国時代以前のことを指していることになる。戦国時代は国内で領土争いをしていた時代だ。つまり日本は多くの小国に分かれていた。戦国時代は日本という国はなかったのだ。日本という国がないのに日本と対等な立場であったというのはどういうことなのだろう。戦国時代以前ということになると、交通は発達していなかったから交流することさえ困難だった。、「沖縄はかつて琉球国であり日本と対等な立場であった」というのは成り立たない説明である。

琉球王朝は1609年に島津藩に支配された。つまり琉球王朝は島津藩の植民地にされたが、松島氏はその重要な沖縄の問題を軽く飛び越えて、明治時代の「琉球処分」に移ってしまう。

そして、独立国であった琉球国が日本に併合されて不平等な関係性が現在まで続いている述べている。こんなめちゃくちゃな理論を学問と呼べるのかと私は首をかしげてしまう。

戦国時代は小国に分割していて隣の国と領土争いをしていたのだから、遠い琉球国を支配する余裕なんてなかった。戦国時代が終わり、余裕が出たから島津藩は沖縄を襲撃して琉球国を植民地にした。

琉球国が島津藩の植民地であったこと、琉球王国が武士支配の封建社会であったと理解すると「琉球処分」は松島氏とは全然違う解釈になる。

1、明治政府は琉球を島津藩による植民地支配から開放した。

2、明治政府は琉球王国の民を琉球王朝支配から開放した。

3、明治政府は琉球王国から沖縄県にし、日本国の一員とした。

最近は「琉球処分」が沖縄全体に流布している。しかし、沖縄の致死擬人や政治家は「琉球処分」を性格に理解していない。小説琉球処分を書いた大城氏さえ誤解しているところがある。松島氏もまた「琉球処分」を間違った解釈をしている。
琉球処分とは、琉球王朝を処分するということであり、琉球の人々全てを処分するということではない。明治時代になってから、国は日本だけであるということから琉球王朝は国として認められることがなくなり琉球藩になる。そして廃藩置県で琉球藩は「処分」されて新しく沖縄県となる。処分の対象は「琉球」ではなく「王朝」であり「藩}なのだ。
だから、「琉球処分」は琉球王朝処分であり、内容的には「琉球処分」ではなく、「王朝処分」である。事実、王朝は明治政府によって処分されてなくなった。

松島氏は琉球国が日本に併合されて以降は不平等な関係が続いたというが、それは全然違う。明治政府は近代国家を目指していた。近代国家とは法の元の平等である立憲国家のことをいう。明治政府は四民平等の思想の理念で憲法を作り、犯罪は身分に関係なく何人でも裁判で裁くようになった。沖縄県だけ特別に差別する法律はなかったし、日本政府は沖縄県を他の県と同様に対応してきた。

戦後はアメリカ軍の存在が問題を複雑にしているか、日本が沖縄を差別しているという理論で沖縄を解釈すると、学問的な客観的理論ではなく政治屋の偏った理論になってしまう。

松島氏は「支配-被支配」、「民が抱える問題を民自身が解決策を考え」「民主主義」などと、立派なことを述べているが、松島氏が述べている内容は沖縄の革新政党が作り出した歴史や理論を鵜呑みにしているだけの、客観性のない政治色の強い理論である。「

「現在の沖縄の植民地状況から脱することが可能になるだろう」の最後のメッセージは沖縄の表面だけを見ている安っぽい政治メッセージに・・・私は感じる。

  

Posted by ヒジャイ at 15:31Comments(0)TrackBack(0)知識人批判

2011年03月01日

祖国復帰は先生たちがアメを求める運動だった





私がこのコラムで注目したのは「屋良は沖縄教職員の会のリーダーだった。そして教育費の増額を主張する沖縄教職員会は沖縄の復帰運動の中心勢力だった。望ましくない日本の援助に依存しても教育費増大に陸軍省が応じたのは、沖縄教職員会の抵抗の沈静化を意図していたからである」の文章である。

沖縄教職員会は教公二法阻止闘争では立法院を守ろうとする警官をごぼう抜きにして、立法院を麻痺状態にさせて教公二法の立法を阻止したくらいに実力があった。なぜ沖縄教職員会は祖国復帰運動に熱心だったのか。理由は、復帰をすれば彼らの生活が豊かになるのが保証されていたからである。


沖縄教職員会は、子供たちに日本が祖国であることを自覚させるために、君が代、日の丸、共通語励行を徹底した。それは戦前に近い教育であった。
沖縄の生徒の学力が低いのは教育設備が悪いせいであり、生徒の能力は本土と同じである。だから、祖国復帰をして本土並みの学校設備が整えば学力も本土並みになるというのが屋良朝苗氏の主持論であり、沖縄教職員の主張であった。

沖縄の祖国復帰運動の中心は沖縄教職員や公務員であった。沖縄教職員の祖国復帰運動への情熱は、生徒に君が代、日の丸、共通語励行を徹底して教えたように非常に高かった。彼らが祖国復帰に熱心であったのは祖国愛が強かったからであろうか。

祖国復帰をしてしばらくすると、沖縄教職員会は君が代を否定し、日の丸も否定している。もし彼らに祖国愛が強かったら、祖国復帰前と同じように君が代と日の丸を広める運動を続けていたはずだ。しかし、復帰したあとに君が代と日の丸を否定するようになったということは、彼らには祖国愛はなかったということだ。

それなのになぜ沖縄教職員会は祖国復帰運動に情熱を燃やしたのか、それは復帰前の教員の給料が安かったからだ。
復帰前は教育税というのがあり、教育だけに使う税金を徴収し教育関係の費用はその教育税から支払われていた。まずしい県民から徴収した税金で支払う教員の給料はやすかった。沖縄の教員の給料は本土の教員の半分くらいの給料だったという。

戦前は「三歩下がって師の影を踏まず」のように教師の権威は高かった。また、教育は国策の一環であったから教員は国から優遇されて給料も高かった。ところが戦後の沖縄のアメリカ流になってしまい、先生たちは戦前のような権威もなければ給料も安かった。
日本に復帰しない限り、教員の給料が本土並みになることは不可能だった。

祖国復帰運動では、復帰すれば核も基地もない本土並みの平和で豊かな生活ができるというのを公言して多くの県民を祖国復帰運動に巻き込んでいった。
核はともかく、朝鮮戦争、ベトナム戦争という社会主義国家との緊張した対立が続いている時代に、復帰すれば沖縄からアメリカ軍が撤去されるのはあり得ないことであった。また、県民が本土並みの生活になる補償もなかった。それなのに祖国復帰運動ではアメリカ軍の撤去、本土並みの生活を吹聴したのであった。
祖国に復帰して確実に実現するのがあった。それは教員と公務員の給料が本土並みになることであった。それだけは100%確実であった。それを知っていたからこそ沖縄教職会員はは祖国復帰運動にまい進したのである。

祖国復帰をすれば、

1、核が撤去される。
2、アメリカ軍基地が撤去される。
3、平和になる。
4、生活が豊かになる。
5、学校の設備が充実する。
6、学力が本土並みになる。

以上のことが実現すると公言していた。しかし、実現したのは5だけである。教員と公務員の給料が本土並みになるというのは公言していなかったが、教員と公務員は十分にそのことを知っていた。

祖国復帰運動は教員や公務員がアメを求めた運動であった。



教公二法阻止闘争事件出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
教公二法阻止闘争事件(きょうこうにほうそしとうそうじけん)は、1967年2月24日にアメリカ占領下の沖縄の那覇市の立法院前で発生した事件。

実力行使によって立法が阻止されたという憲政史上前代未聞の不祥事であり、沖縄県地域における左派運動の最盛期を象徴する事件であった。


事件の発端
返還前、公立学校教職員の身分は琉球政府公務員または教育区公務員であった。琉球政府公務員については、1953年に制定された琉球政府公務員法によって身分保障がなされた。教育区公務員についても身分保障すべく、「地方教育区公務員法」「教育公務員特例法」の二法案の制定が進められた。

しかし、これら二法案(「教公二法」という)は、本土の教育公務員特例法のように教職員の政治活動の制限や勤務評定の導入が盛られていたため、沖縄教職員会が反対していた。

事件の概要
1967年2月1日より立法院定例会が開会となったが、沖縄教職員会は立法院前の泊り込みで対抗し、空転が続いた。

教公二法の採決予定日であった2月24日午前3時頃から、沖縄教職員会の教職員は続々と立法院前に集結した。警官隊は教職員を一旦排除することに成功し、与党議員団や議長を院内に入れることができた。しかし教職員は警察官に襲い掛かり、ついに警察の警戒線を突破し立法院がデモ隊に占拠され無警察状態に陥った。

立法院議長は午前11時に本会議中止を決定したが、デモ隊はなおも引き下がらず、午後6時に与野党の協定を結ぶことで事態の収拾を図ることになった。

事件が与えた影響 [編集]この暴動は琉球警察に大きな打撃を与え、警察官の退職者が続出した。治安も一気に悪化し、翌年の1968年の凶悪犯罪件数は460件と過去最悪[1]を記録した。

  

Posted by ヒジャイ at 15:44Comments(0)TrackBack(0)知識人批判

2011年02月28日

元沖縄県知事太田昌秀氏批判 12


「こんな沖縄に誰がした」大田昌秀著

三 昭和天皇と沖縄・・・「天皇メッセージ」の波紋への批判


1、 若き日の昭和天皇はイギリスに留学している。若い頃にイギリスで過ごした天皇は民主主義を理解していたのではないか。
2、 昭和天皇は「天皇機関説」を認めていた。天皇機関説とは、統治権は法人たる国家にあり、天皇はその最高機関として、内閣をはじめとする他の機関からの輔弼を得ながら統治権を行使すると説いたものである。簡単に言えば、政治の内容は政府が決め、天皇はそれを容認するということである。
3、 昭和天皇は玉音放送をして太平洋戦争を終わらした。玉音放送がなければ戦争はまだ終わらないでアメリカ軍の九州上陸もあっただろう。アメリカに敗北するということは敗戦国の長である天皇が処刑される可能性は高いわけで、玉音放送をした天皇は死を覚悟したはずである。少なくとも天皇という地位が剥奪される可能性は高く、天皇自身も剥奪されると思っていたはずである。
4、 皇太子(現平成天皇)は民間人と結婚した。孫(現皇太子)も民間人と結婚した。これは昭和天皇の暗黙のメッセージである。
5、 靖国神社に戦犯者が奉られたときから天皇は靖国神社を参拝していない。

以上のことから考えると、昭和天皇は、軍国主義を嫌い、民主主義を理解していて、天皇は政治に直接かかわるべきではないと考えていたと思う。
しかし、太田氏は「天皇メッセージ」なるものを持ち出して、天皇が沖縄の日本からの分離、基地化を天皇自ら進んでアメリカに申し出たというのである。
太田氏は戦後でも天皇には政治的な影響力があり、実際には「天皇メーッセージ」がアメリカの対沖縄政策の決定と結びつける証拠はないにもかかわらず、直接的であれ間接的であれ、沖縄の分離、基地化に少なからずも昭和天皇が影響を与えたのではないかと思い込んでいる。

天皇は「天皇機関説」を認めているし、天皇は政治に口出しするものでないと考えているのに、マッカーサーに沖縄政策について口出しするはずがない。

一方、アメリカ人であるマッカーサーは天皇不要論者であり、天皇そのものの存在を排除しようとしていた人物である。もし天皇が政治に口出ししたらマッカーサーが不快になるだけであっただろう。

天皇は政治に口出しするはずはないし、マッカーサーは天皇の要求は受け付けなかったであろう。

太田氏はもうひとつ大事なことを見逃している。アメリカは軍隊をシビリアンコントールしている国である。沖縄についての政治決定は軍人であるマッカーサーではなくアメリカ政府が決定する。
マッカーサーは朝鮮戦争で38度線に戻るように政府から命令されたのを無視して北朝鮮軍を攻撃したために職を解かれている。そのくらいアメリカはシビリアンコントロールが徹底されていて、軍が政治に口出しするのを嫌っている。

太平洋戦争を終結させたのは昭和天皇である。天皇が戦争を終わらせる決意をしたのはこれ以上日本国民の命が失われるのに耐え切れなかったからである。そんな昭和天皇が自分の地位を守るために「マッカーサーの意向に沿う提案」をするという姑息なことをするはずがない。

昭和天皇が自分の地位を守るために、マッカーサーに尻尾を振るようなことをしたと予想している太田氏の見識を疑う。





  

2011年02月27日

鳩山氏を窮地にさせた犯人孫崎氏批判



孫崎氏は元外務省国際情報局長の肩書きがある。孫崎氏は国際情報に精通した人物である。元外務省国際情報局長である孫崎氏はアジアの情勢や、アメリカ軍の働きも詳しく知っているはずである。鳩山氏が孫崎氏の提言を信用したのは当然である。
首相には必ずブレーンが存在しブレーンの指示を参考にしながら発言する。「在沖海兵隊に日本を防衛する抑止力はない」という鳩山氏の発言は孫崎氏のようなブレーンの提言であるだろう。

これは推理になるが、孫崎氏が提案した「普天間ヘリコプター部隊を海上自衛隊航空基地に、地上部隊を陸上自衛隊相浦駐屯地に置く」案をアメリカに打診した時に、アメリカ側からアメリカ軍は全体的なチームプレーが必要であり、ヘリコブター基地を沖縄から遠く離れた場所には移設するのはできないことを説明されたのではないか。鳩山氏が固執したのが徳之島であったのはアメリカの注文に距離的に応えることができるのが徳之島だったからだろう。ヘリコプター基地が機能するには沖縄から200キロ以内(?)でなければならないし、徳之島はぎりぎりの距離であると新聞で報道されていた。

孫崎氏は現在でも「在沖海兵隊に日本を防衛する抑止力はない」と公言している。野党時代から首相になったはじめの頃の鳩山氏が「国家ビジョン研究会」の孫崎氏の提言を真に受けていたということだ。孫崎氏の提案を真に受けた鳩山氏は赤恥をかき、国民や県民の信頼を失ったわけだ。
孫崎氏の抑止論は間違っていて、県外移設も不可能であることを知った鳩山は辺野古に戻らざるをえなくなり、その時に岡本氏にブレーンを代えている。

鳩山氏に赤っ恥をかかせた孫崎氏は学習能力がないのだろうか。鳩山氏の首相時代に普天間ヘリコプター基地の移設候補地はほとんど出た。そして、県外移設は地元の反対が強くて不可能であることが判明した。判明したのはそれだけではない。鳩山首相時代にあげられた移設候補地は新しい移設候補地ではなく、候補地すべてが小泉首相時代に検討されていて、移設はできないという結論が出たところであった。それなのに「県外移設」を唱え続けているのである。

孫崎氏は県外移設ができなかったことを「外務も防衛も官邸もフォローしなかった」性にしているが、そうではない。県外移設はアメリカ軍の戦略上も無理だし、ヘリコプター基地を受け入れる県もない。二重の困難があるのだ。二つの困難をクリアするのは不可能だ。

でも、沖縄には次々は「県外移設」を「内閣が一丸」になれば実現すると述べる評論家が次々とやってくるのだろうな。  

Posted by ヒジャイ at 09:41Comments(0)TrackBack(0)知識人批判